和泉マサムネの記念日 智恵編 高砂智恵は俺の同級生で 駅前にある本屋「高砂書店」の看板娘 マンガとライトノベルを愛する女子高生だ 一見のんびりとした優等生、と言った外見なのだが 実のところはそうでもない そうだな、例えばこの前こんなことがあった 六月中旬、クラスでの話題に 夏休みという単語が混じり始めたある日の放課後 智恵:「ムネ君、ちょっといいかな」 正宗:「何だ」 智恵:「僕に勉強を教えてほしいんだ」 正宗:「ああ、ごめん。今新作の執筆で忙し……」 智恵:「無理を承知の上でお願いしたく どうか学年中五位の和泉正宗様 追試をクリアしないと、補習で夏休みが」 正宗:「そういう理由ね。事情は分かったけど」 智恵:「無論、ただとは言いませぬ 報酬として、今月の電撃大王を用意いたしております」 (おお、智恵にしと奮発したな) 普段のこいつは友達に本をあげたりしない 自分ちで買い物をしてもらわなくちゃいけないからね そのポリシーを曲げてまでのお願いということらしかった 正宗:「でも、俺が一番読みたいマンガ休載してそうだしな」 智恵:「おっしゃる通り休載中だけども ほかにも面白いマンガがいっぱい載ってるから 最近連載が始まったばかりの作品もあるし 新規で購読を始めるにはうってつけのほうだから あっ、面白かったら来月からは自分で買ってよね」 正宗:「それってもう、報酬というより、販促じゃないの」 智恵:「これで足りないというのなら、もう僕の体で払うしか」 正宗:「教室で何言ってんの」 (女子グループからすけい目で見られてるんだけど) 智恵:「だ、だってムネ君はエロマンガ先生に パンツを見せてくれる美少女を探してるんでしょう そこで僕がエロマンガ先生の犠牲になってあげる代わりに 勉強をだね」 正宗:「その件はもう解決したからいいよ」 (解決したというかつかまってみたというか 説明する気にもならないんだけども ともかく、それは別の話だ) 正宗:「それと、俺の相棒であるイラストレートの名前を 教室で口に出すのはやめようか」 智恵:「なんで」 正宗:「俺が智恵に勉強を教えてあげるかわりに エッチな要求をしているって誤解されるからだ」 智恵:「ああっ、場所変えよっか」 正宗:「図書室行こうぜ、追試の対策だけパッと教えるからさ」 智恵:「おお、商談成立ということかな」 正宗:「いや、ただでいいよ、いつも面白い本を教えてもらってるし そのお返しってことで」 智恵:「本当に、わぁすっごく助かる」 正宗:「恩に来てくれるんなら、俺の新刊が出た時 おすすめ棚に並べてくれよ」 智恵:「いいよ、ただし、僕が読んで面白かったらね」 正宗:「そこは譲れないんだな」 図書室に移動した俺たちは長机を挟んで 向かい合うように座った 机の上にはノートが広げられている しばらく追試範囲の内容を教えていると 智恵がノートから顔を上げていた 智恵:「いやぁムネ君、改めてありがとうね 優しい友達がいた幸運に感謝だ」 正宗:「お礼は追試結果で返してくれ」 智恵:「そのつもりだよ にしても、試験結果の順位表を見てびっくりした 君ってあんなに成績よかったんだね お仕事だって忙しいんだろうに、勉強する時間とかあるの」 正宗:「毎回必死だよ まあちょっとした事情があってさ、成績落とせないんだ お前こそ、見た目優等生っぼいのに」 (意外とアホなんだな) 智恵:「うん?何かな、最後まで言ってごらん」 正宗:「い、い、いやまあ、智恵にだってすごいところはあるよ」 智恵:「おお、例えば」 (えっと、智恵のすごいところ、すごいところ) 正宗:「面白い本とか、ゲームとかアニメとか、たくさん知ってるし 本屋の陣列テクニックとか、次に入る本の分析とか そういうのって、普通の女子高生には出来ないコツだと思うぜ」 智恵:「ふん、学校では評価されない項目ですからね」 正宗:「普通科高校の劣等生なんだな」 智恵:「それってただのバカってことだよね」 正宗:「図書室で大声出すなよ」 智恵:「ああ、いけないいけない」 正宗:「さ、気を取り直して、勉強の続きをしようぜ」 智恵:「そういえばさ、ムネ君」 正宗:「鉛筆の動きが止まってるぞ」 智恵:「ちょっとだけ休憩しよう、ちょっとだけ」 正宗:「少しだけな、ってなんだよ」 智恵:「ラノベ作家って、儲かるの」 (いるよな、こういううさい質問をしてくる友達) 智恵:「いやだって、やっぱ気になるじゃんか ほら、一オタク一ラノベファンとしてね って、どうなのさ」 正宗:「人それぞれじゃないか それこそ例の山田エルフ先生とこなら 家を買えるくらい稼いでいるだろうし」 智恵:「和泉マサムネ先生は大したことないの」 (失礼すぎだろう、こいつ) 正宗:「ええと、どうかな、 全然本が出せなくて おととしみたいに年収がほぼゼロになっちゃうときもあれば 日本人の平均年収以上に稼げた年もあるよ まあ、やっぱいろいろとしか言えないかな」 智恵:「うんん、よくネットとかでラノベ作家は稼げないから 編集者さんから絶対仕事をやめるなって言われる なんて話を聞くけど」 正宗:「それは嘘だな、そうすは俺 『新作の売れ行きがいいから学校をやめてください』って言われた事がある」 智恵:「ネットゲーの廃人ギルドみたいだね」 正宗:「まあもちろんやめなかったからこそ 今こうしてるんだけどさ あと、一応フォローしておくと、 作家の将来を築かってくれる心優しい編集者さんも もしかしたらコネ運どっかにはいるかもしれない 」 智恵:「明らかに『いるわけねぇ』というニュアンスが感じられるんですけど」 正宗:「気のせいだ。んて、智恵、この話に落ちはあんの」 智恵:「えっとね、あるっじゃあるかな」 正宗:「あるのかよ」意外だ 智恵:「うんっとね、もしもムネ君が アニメ化するくらいの大ヒット作品を生み出して 山田エルフ先生くらいに大儲けしたらさ」 正宗:「大儲けしたら?」 智恵:「僕が、ムネ君のお嫁さんになってあげてもいいよ」 正宗:「金目当てを隠そうともしてねぇ!」 (ふざけんな!せめてもうちょっとカムフラージュしろよ) 智恵:「まあ、考えておいてよ」 正宗:「却下、俺好きな人いるし」 智恵:「ええ、えーーー だれ、だれ?同じクラス?」 智恵:「ええ、教えろよ、僕とムネ君の仲だろう」 正宗:「俺とお前の仲ってなんだよ 金目当てでプロポーズをする程度の仲なんだろう」 智恵:「いやいや、愛はともかく 僕たちの間には無償の友情があったはずだぜ」 正宗:「えっ?」 智恵:「何さムネ君、その何か言い出そうな顔は」 正宗:「俺ってなんでお前と友達になったんだっけ」 智恵:「ちょっ、ひどい、忘れちゃったの、ちゃんと思い出してよ 君の大切な記念日だったはずだろう」 正宗:「智恵と仲良くなった記念日ってこと?」 智恵:「それもあるけど、ほら 三年前、僕らがまだ幼気な中学生だった頃」 そう、あれは 正宗:「ああ、緊張する」 朝の十時、俺は高砂書店のライトノベルコーナーにいた その日は、和泉マサムネのデビュー作は、初めて書店に並ぶ日だったのだ 正宗:「ああ、本当に売ってるよ、俺の イラストレーター『エロマンガ』って書いてあるけど」 (なんでこの人こんないかがわしいペンネームをつけたかったんだよ) 正宗:「いたたっ、胃が痛い」 (俺、作家デューしたんだな 俺の本買ってくれる人がいるんだろうか) ワクワクと心劣る気持ちと、不安でたまらない気持ちが 胸の中で渦巻いている もちろん、作者が本屋にきたところで 本の売り上げを左右できるわけでもない そんなことは分かってる 分かっちゃいるんだが、どうしてもこのまま家に帰る気にはなれなくて どうしたかっていうとだな 本棚の陰に隠れて、本の売れ行きを監視する体勢に入った 血走った目で、ライトノベルコーナーを凝視する たぶん漫画家とか、小説家とか、みんな似たようなことをやってると思う 新刊の発売日だからか 開店直後だというのに、お客さんはそこそこいる しばし新刊棚に熱視線を送り続けていると 正宗:「おっ、ついに俺のデビュー作を手に取った人がいた 高校生くらいに男子だ 彼は手に取った本の表紙をじっと見て 裏返したり、背表紙を見たり、買おうかどうか迷っている様子」 (よし、買え!買うんだ!お願いします、きっと面白いから) 男1:「なんだよ、この『エロマンガ』って 恥ずかしくて買えねぇよ」 正宗:「ちくしょう、エロ漫画じゃないのに エッチな内容じゃ全然ないのに」 さらに見守ること数分、再び俺のデビュー作を手に取る人がいた 正宗:「よーし、今度こそ買ってください 『エロマンガ』って書いてあるけど、エロくないから さ、勇気を出して」 男2:「新人作家か、人は知らまじだな」 正宗:「けっ、えらそうに、何様だてめぇ」 (モンスターペアレンツと呼ばれる親たちの気持ちが 今の俺にはよくわかる) さらに数分見守るも、一向に俺の本を買ってくれる人は現れない (や、やばい、このまま一冊も売れなかったらどうしよう デビュー早々、一巻打ち切りになっちゃったらどうしよう) そんな情けなくも、切実な思いから、つい魔が差してしまったのだ 俺はフラフラとライトノベルコーナーに近づいていて 正宗:「なんか超面白そうなラノベが売ってるぞ イラストもかわいいし、『和泉マサムネ』ってペンネームも格好いいし あらすじも楽しそうだし、こりゃ大ヒット間違いなしですわ」 (じろっ) 正宗:「表紙に『エロマンガ』って書いてあるけど イラストレーターさんの名前で内容には関係ないし エッチな小説じゃちっともないし 勇気を出して買っちゃおうかな」 (じろっ、じろっ さ、皆の物買え、買うのだ) 店主:「お客様」 正宗:「はいっ、ええ!」 店主:「お話がありますので、こちらに来ていただけますか」 肩をつかまれ振り向くと、強面マッチョのおっさん 高砂書店の店主が、ド迫力で俺を見下ろしていた 店内で騒いでいた俺は、書店のバックロームで弁解をしていた 正宗:「ですから、俺は作者なんですよ、この本の」 店主:「こんなに若い作家がいるか うちの娘と同じぐらいじゃねぇか」 正宗:「本当ですって、最近中学生デビューとか、珍しくない時代なんですってば ほら、これ、学生証、『和泉正宗』って書いてあるでしょう この本の作者とほとんど同じ名前ですよ、これが証拠です」 店主:「うん、いやしかしな」 智恵:「ちょっと、お父さん お店空っぽにして何やっての、万引きか何か」 店主:「ああ、いや、店で騒いでるやつがいたからよ ほかのお客様の邪魔になるかもしれねぇから、事情を聞いてたんだが」 智恵:「ん?ありゃ、和泉君じゃない、一組の」 正宗:「えっ、君は」 智恵:「高砂智恵、覚えてないかな、小三の時同じクラスだったんだけど」 正宗:「あ、ごめん」 智恵:「そっか、まあいいや」 店主:「こぞ、こんな美少女を忘れたってんのか」 正宗:「す、すみません」 智恵:「ちょっ、お父さん、恥ずかしいこと言わないで えっと、で、どういうこと」 店主:「だからな、店で騒いでたこぞは 自分がこの本を書いた作家だとかなんとか 下手な嘘ついてよ」 智恵:「おっ、それ、今日発売の新刊じゃん って、えっ、『和泉マサムネ』、和泉正宗 ん?ん??ま、まさか」 正宗:「うん、俺がその本の作者、和泉正宗なんだ」 智恵:「マジで?」 正宗:「マジで」 店主:「偶然じゃねぇのか」 正宗:「本当ですって」 智恵:「ね、和泉君さ」 正宗:「な、なんだ」 智恵:「ブラックロッドとブラッドジャケットとブライトライツ-ホーリーランド この三作ではどれが一番好き」 どれも電撃文庫から発売されている超名作小説だ 俺は質問の意図を分かりかねながらも、即答していた 正宗:「ブラッドジャケット」 智恵:「うんん ラノベキャラで君が一番格好いいと思う名前は」 智恵:「んじゃ、ブギーポップシリーズで一番好きな本は」 正宗:「高砂さん、この質問に何の意味があるわけ」 智恵:「ライトノベル性格分析ってとこかな いいから答えてよ」 正宗:「VSイマジ いや、エンブリオ炎生かな」 智恵:「そっかそっか、なるほどね、いやどうりで ちなみに僕は、パンドラとペパーミントの魔術師が好きだよ」 正宗:「俺も、ファントムは超好き」 智恵:「おお分かってるね あっ、ところで、うちのお父さんちょっとイナズマに似てない」 正宗:「えっ、似てないと思うけど」 店主:「おいおい、何の話だ、さっぱりわからんぞ」 智恵:「お父さん、和泉君の言ってることたぶん本当 自分が作者だなんて言って、ごまかそうとしているわけじゃないよ」 店主:「なんでわかる」 智恵:「んとね、いまちょっと話してそう思った ラノベ好きなやつに悪いやつはいないって それだけじゃ弱いかな」 店主:「まあな」 智恵:「えっとじゃ、あんまり大きな声じゃ言えないんだけど 僕、今日発売のラノベ 昨日店に入荷したときに読んじゃったんだよね」 正宗:「てことは、俺の本も読んでくれたってこと」 智恵:「えへへ、そういうこと びっくりしちゃった、 僕が作品を読んで想像した作者のイメージそのものなんだもん だから、きっとこの人が和泉マサムネ先生本人なんだろうなって思った それに、同じクラスで一年間過ごしたこともあるしな 君はそんな嘘をつくようなやつじゃないよ 今日は和泉正宗のデビュー作発売日だし お店の中で様子がおかしかったのはそのせいじゃないかな」 (見透かされている) 店主:「わかった おいこぞ、もう店で騒ぐなよ」 正宗:「はい、すみませんでした」 智恵:「一件落着だね」 正宗:「助かったよ」 威圧感のかたまりがバックルームから去り 俺はようやく一息つく そこで、高砂さんが上機嫌に近づいてきた 智恵:「で、和泉マサムネ先生、なんか面白そうだし、話聞かせてよ」 正宗:「ああ、記念日って、俺のデビュー作の発売日か あれがきっかけでお前と話すようになったんだっけ」 智恵:「そうそう、なんだよ、ちゃんと覚えてるじゃん その後ムネ君が、ラノベ作家だってことを学校では隠したいから 秘密にしててって言い出して」 正宗:「ずっと内緒にしてくれてるよな」 智恵:「そりゃ約束しましたからね」 正宗:「すぐばらされるって思ってた」 智恵:「ちぇ、ひどいな こう見えてけっこう義理堅いだぜ僕」 正宗:「知ってる、友達だからな」 智恵:「そう、ムネ君が学校で唯一ラノベの話ができる友達だ 僕にとってもね」 俺はともかく、智恵は学校でも友達が多いほうだと思うのだが やっぱり書店員でラノベ担当をしている彼女と同じレベルで ラノベトークができる女子はいないらしい だから、お互いにとっていい出会いだったのだろう 智恵:「ね、ムネ君この後うち寄ってく ほら、勉強教えてもらった報酬、渡さなくちゃだし ただでいいとは言ってもらったけれども、受け取ってよ」 正宗:「そういうことなら、行くよ」 智恵:「よーし、そうかなくっちゃ ムネ君におすすめしたい本もあるんだ」 正宗:「貸してくれんの」 智恵:「売ってあげるよ」 正宗:「しっかりしてんな わかった、買うよ」 智恵:「毎度あり、きっと気に入ってくれると思うよ 読んだら感想聞かせてよね」 高砂智恵、俺の親友は、こんなやつだ